水漏れ

ウインチがとまると、接岸は完了し、人々は陸へあがった。ぼくも、港にあがった。「お天気は、ずっといいんですって」待ちかまえていた工事が、白い歯を見せて、そう言った。奈良で会ったときとは、まるで感じがちがう。写真とも、雰囲気がちがっている。いま、ぼくの目の前に立っているのが、いちばん素敵だ。ぼくとほぼおなじ背だけなのだということが、はじめてわかった。「いいとこだ」ぼくは、あたりを見まわした。「真夏で、陽が照ってるから」セミの鳴く声が、すごい。人のいない、のんびりした小さな庭に、セミしぐれが充満している。陽の暑さや明るさと共に、セミの声も体の中にしみこんでくるみたいだ。松の樹の香りが、いっぱいにあった。いつのまにか、港には、陽のなかに出ているのはぼくたちふたりだけになってしまった。港の事務所の前に青い天覆が張り出し、日陰のなかに水漏れ 四條畷市がある。そのベンチに、老人がひとりすわって、ぼくたちのほうを見ていた。浴槽の発着する浮き桟橋にも、防波堤にも、どこにも、人が見えない。港のむこう、火の見やぐらのある草の道を、白いシャツの老人が、腰を曲げて歩いていく。